フラワーエッセンス専門店 バッチフラワー・ワイルドフラワー

バッチフラワーレメディ・エッセンス・ヒーリンググッズ販売店~おうちでできるこころのケア”うちケア.com”

6月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 * * * * *
7月
* * 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 * *
即日発送12時のご注文まで 休業日(メール返信・発送お休みです)※納期についてはご注文後のメールで必ずご確認ください。在庫状況等によって即日及び当日到着発送できない場合もありますのでご了承ください。講座


リンクバナー


癒しの情報源

癒しグッズ
癒しグッズ
雑貨探し情報源
健康食品
健康食品
健食探し情報源
ホーム 石川眞樹夫先生-『喜びの回復-無境界へのみちしるべ』

神奈川県逗子市で、内科医としてバッチフラワーレメディを実践していらっしゃる石川眞樹夫先生から、第2回バッチフラワー・コンファレンスでの講演のために準備された原稿をいただきました。「全部読めなかった〜」とおっしゃる先生でしたが、会場ではその深いメッセージに、たくさんの人が熱心に耳を傾けていました。
病・こころ・身体そしてバッチフラワーレメディの本質を理解する手がかりとなるたくさんのメッセージがこめられています。ぜひご一読ください。

石川眞樹夫 先生
医療法人聖岡会新逗子クリニック院長   クリニックホームページ

『喜びの回復-無境界へのみちしるべ』

 

バッチ博士の遺産である「汝自身を癒せ」の中に、『今の時代においては、病気に対する恐れは、それが実際に病気を引き起すほどに大きくなってしまいました。-中略-現代科学は、真実をほんの半分しか理解していないにもかかわらず、それを人々に広く伝えてしまったがために、非常な恐怖の中に人々を引き込んでしまいました。』という文があります。
これは病気の外因説が引き起こした「恐怖」の害毒を指摘した文章です。


人が恐怖するものはその人に近づいてきます。また強く否定して抑圧しようとする対象物は、かならずやその個人にとって現実となります。バッチ博士が『自分の欠点と戦おうとせずに、その欠点と拮抗する徳を着実に育てることで自分の性質が自然に悪い要素を洗い流すという治療法をとらねばならない』と述べているのは、その理由からです。(バッチ博士の遺産37Pの説明参照)
闇を覆い隠そうとすれば、闇は闇にとどまり、さらに広がります。
闇を消し去る光と一つとなること-私たちの本質が光であり、喜びであり、愛そのものであることを思い出すこと--それこそが私たちの中から恐怖と暗闇を消し去る唯一の道です。

人と人との間でも、相手の短所に焦点をあてて眺めると、相手はどんどん悪くなっていきます。
逆に相手の中に良い性質や意図、働きを見ることができれば、相手はそれまで隠されていた良い性質を表現してくれるようになります。わたしたちは、お互いの想像力によって、現実の世界を創造しています。そして、病と個人の自我意識についても同じ関係が当てはまります。私たちが病気を敵とみなして憎めば憎むほど、病気は自我が恐れる結果を次々ともたらします。
実際、病のもたらす結末が「悲しむべき」ものにとどまってきたのは、実は私たちが病を敵とみなしてその本当の意図に気が付かずに的外れな対応ばかりしてきたためです。

恐ろしいと思われてきた「発熱」、忌避すべきと思い込まれてきた「痛み」、憎まれ忌み嫌われてきた「癌」などが、実は肉体の回復反応そのものであり、排毒行為であり、人生を好転させる有無をいわせぬ導きであると、人々はようやく気づきはじめたのです。

私の臨床医としての観察は、大腸癌、胃癌、湿疹、蕁麻疹、喘息、アトピー性皮膚炎、下痢、ゲップ、涙、鼻水、下血、尿潜血など、からだの中から外に何かを出す働きは、人体のホメオタシスの一環であり、身体を浄化してバランスを維持しようとするプロセスであることを私に教えてくれました。
この自然なプロセスを対症療法で妨げることはバランスの乱れを逆に促進して最終的にはより大きな破綻をもたらします。
この「排泄」=「ホメオタシスを保つための免疫反応」がどのようにして生じたかを適切に観察して理解することが出来れば、これらの反応をもたらした「こころのありかた」と、そこに由来する役に立たない生活習慣も明らかになります。その心のありかた、誤った生活習慣を変容させる事、それが心と身体の原因療法と呼びうるものです。
バッチ博士が「真実の半分しか理解していない」と述べた現代の科学も、近年より新しい視点を獲得して、ようやく「体だけ」ではなく、「心と体」を視野に入れた原因療法に近づいて来ています。
その曙の光、より全人的な理解は、新潟大学大学院教授、安保徹先生の新しい免疫学理論に認めることができます。
そして、その免疫の理論では健康な状態は、「交感神経と副交感神経のバランス」、「顆粒球とリンパ球のバランス」がとれている状態として説明されていますが、心と体、家族と社会の健康を維持するには、常にその内部の陰陽のバランスをとることがキーポイントであると私は認識しました。

最善の結果を得るための最短の方法は「そうであるものとして生きる」事です。
そして、個人個人のバランスのとれた生き方、本当の個性の発揮、を可能にして私たちが自分の人生の創造者であることを思い出させてくれるものがバッチフラワーレメディです。

レメディーを日々使用している人には、ご理解いただけるでしょうが、適切なレメディーを服用している状態では、感情の表現もバランスのとれたものとなり、周囲と調和を乱さずに自己を表現することが可能となります。
自然な感情は本来表現されれば消えてゆくものであり、感情の表現は、バランスを回復させる働きをその内部に含んでいます。
感情は適切に表現されれば、心にも身体にもエネルギーのブロックを残さずに消えてゆきます。
それどころか、自己の感情に配慮し、その適切な表現をうながすことは魂の導きに従順な生き方そのものになりえます。
感情を表現することは、ある意味では、おしっこが貯まった時にトイレに行くのと同じく、とても自然な事です。感情を表すまいとがまんすること、抑圧することはバランスの乱れにつながり、あらゆる病の源となってしまいます。

中国医学では、喜怒哀楽と恐れは臓腑に対応して消長すると認められており、感情が循環し、臓腑の相互作用とその内部での陰陽のバランスがともに保てれていれば、全身的な気の流れも滞りなく維持され、風・暑・湿・乾・寒などの外因性の邪があっても病むことはないと理解されています。その一方、感情の抑圧をともなう行動や陰陽のバランスを乱す生活習慣は臓腑の内部に気の流れの滞りを生じさせて身体的な症状を引き起こします。また、「恐れ」は生命力の本源である腎精を傷つけて個人と生命力の結びつきを弱めてしまうのということも明確に理解されています。端的な言い方をすれば、「恐れなく生きるひとは病に煩わされる事もない」となるでしょう。

個人のBody-Mindにおいて陰陽のバランスをとることがなぜそれほど重要かというといえば、「バランスされた陰陽の合一」は太極図が示すように、補いあって真円を形成し、Body-Mindの境界を、ついにはBody-Mind-Spiritの境界線を消し去るからです。つまり「無境界なるもの」=「Spirit」の流入を可能にする経験だからです。
この経験をもたらし、全人的自覚(Body-Mind-Spiritの統合意識)を回復させる事が、「身体だけ」を扱ってきた過去の医学と、「心と身体」を扱い始めた現在の医学を超えて、次の時代にくる、未来の医療の像です。

少し具体例を用いて説明しましょう。
互いに愛し合う事、特に男女が愛し合う事は、一番強力な陰陽の合一であり命を開きます。-これによって個人の病も癒され、またこの世界へは新しい生命の増加ももたらされます。一組の男女が、お互いにバランスされて一つになるときに生まれる愛と喜びは、境界と分離を消し去ります。生きとし生けるものが一つであり、宇宙と自分が一つである感覚、私たちが完全である認識は全ての分離と恐怖をぬぐいさるのです。
これこそが「恐怖」の対極にある感情であり、「恐怖」に終止符を打つ経験です。セックスにおける合一の最高状態にあっては、この経験が垣間見えます。私たちの日常経験に照らして、陰陽の合一がもたらす可能性の分かりやすい例がここに認められます。

次に、レメディーの使用により可能になる癒しの道筋、「タマネギの皮剥き」について私の理解を述べます。
私達は、つい特別な経験、劇的な経験で「奇跡的に救われる」ことや「奇跡的に癒される」といったことを期待しがちですが、
実は私たち人間の存在と自由意志は、奇跡そのものなのです。-あなた方は神である、ただそのことに気づいていないのだ-というインドの聖者の言葉はそのまま受け取るべきものです。つまり、私たちが本来の自分の能力を発揮するなら、すべて可能だという意味です。
-本当にすべてが可能なのです。

「奇跡的に救われる」という表現は、自己選択と自助努力によってではなく、「神の助け」や「上からの奇跡」といった、
「非日常の恩恵により」という意味を含む表現ですが、それらの「恩恵」を可能にする条件-バランスされた個性の表現と直感的な理解、覚醒した意識での自己選択は、実は私たちが自分の選択で作り出すことができるのです。
そして、それを作り出しさえすれば、「恩恵」は奇跡ではなく必然になり、非日常ではなく日常的な経験になります。
少し分かりづらくなったかもしれませんが、忍耐して聞いてください。
バッチフラワーは、ネガティブに表現された感情を指標にして選ばれ、レメディーを用いると、その人のより良き本質、
その人の創造的な個性をこの世界に表現させることが可能になるという方法で、一人一人の人間を宇宙とのユニティー、
他の存在との一体性、回復への道へと連れ戻します。
そして最終的には、私たちの本質が傷つくことのない魂そのものであり、神の命の輝きそのものであることに気づかせてくれるのです。

私たちは、生まれてすぐに恐怖に支配された二元論の世界構造に組み入れられるための訓練を受け始め、この訓練は社会的と呼ばれる自我構造が確立されるまで、外から押し付けられます。そして、やがては一人一人が無意識の内に、自分で自分に対して罠をかけ続けるように仕組まれています。多くの人はこの罠、牢獄の中にいて眠ってしまい、ただ人生の出来事に反応して生きるようになり、個人の創造力を失います。
世界を自己選択により創造する力は、目覚めた意識、自分の思いと言葉と行いを、自分の選択で選び取る者にだけ与えられるものです。
この創造力を人間から奪うシステム、個人を真の自己から隔離する教育プロセスの恐ろしい結末は、現代社会の児童虐待や、人間同士がしばしば示す無慈悲さ、戦争、犯罪といった世界の混乱となって私たちの知るところとなっています。
バッチ博士はこの事を極めて明瞭に理解して「私たちに与えられたただ一つの義務は、自分の良心の命令に従うことであり、ほんの一瞬も他人の支配に屈しないということです。」と述べています。「何々でなければならない」「何々せねばならない」ではなく、「何々だからする」「しないではいられない」という自己選択による自由意志の行為だけが人間の魂を自由にします。そして自由な魂とはその本性を自在に表現し、愛し愛されることができるのです。

真実の自己(魂、ハイアーセルフ)の命令に従い、本当の自己選択によって生きるためには、私たちの精神と心を蝕んで、直感的な選択を不可能にしている「抑圧され、ゆがめられた感情」「内部に貯めこまれたエネルギーブロック」などを浄化することが必要です。レメディーはこれらの障害をおだやかに、その人その人に最適なスピードで取り除くことを可能にします。そのようにして、レメディーは私たちを内側からも外からも常に導いてくれる魂(ハイアーセルフ)ともう一度親しく交われるように助けてくれます。
この浄化のプロセスが、バッチフラワーの使用経験の中で、「タマネギの皮剥き」と呼ばれる過程です。
この過程が進んでゆくと、私たちは忘れていたコミュニケーションの道具を徐々に上手に使えるようになってゆきます。
その「道具」は、直感、イメージ、経験などですが、これらは言葉以上の「魂とのコミュニケーション手段」であり、分析的な思考が分離を促進するのとは対照的に、私たちの全人的な統合を促進し、私たちが創造的に生きるための道を示してくれます。

私たちは、生まれてこのかた、誰よりもまず、両親によって植え付けられてしまった「誤った義務感」と「恐怖」によって自己選択を失い、自己の直感にしたがって生きる習慣を見失い、聖なる魂との常なる交わりを失ってしまっています。
バッチフラワーレメディは、「自己選択」によるタマネギの皮剥きにより、「自己選択」そのものをよみがえらせ、同時に「直感」「感情による導き」「経験による理解」などの、「ハイアーセルフによるエンライトメント」が行われる状態を導く、極めて優れた療法です。

近年、インフォームドコンセントが盛んに言われていますが、患者さんが自らを癒す道は、インフォームドセルフチョイスしかありません。まさに「汝自身を癒せ」ということなのです。私は逗子でレメディーを使う町医者として、患者さんの自由選択をできるだけ尊重するように心がけ、その結末を観察してきました。-その観察の結論は、「いずみの会」の中山さんがおっしゃているとおりでした。
つまり、自分自身の決断で自分の命の責任を引き受けて(それまでの生き方を変えて)楽しく、自分らしく生きると決めた人は、癌になっても苦しむことはなく、しばしば癌も消えてゆくという事実。

「病気には生き方の変容をせまるという隠された目的がある」というのが私の観察の結論です。

人間の社会においても「癌」と呼ばれる人々がいます。他人に対して残酷に振舞い続ける人、あるいは自分に対して残酷に見える生き方を選択して生きている人たちです。-自己の破壊と隣人の破壊は同時に生じています。-また時には、大人の世界を鏡のように映してしまう、子供たちの犯罪に驚いて、多くの人が他人事のように「厳重な処罰を望む」と口にします。しかし、身体におけるや排毒が、身体全体を守るために現われる自衛反応であり、自分の生き方を反映する鏡であることに照らして考えれば、怒りに満ちて隣人や自分自身を破壊する生き方を選んでいる人々(子供たちを含めて)が、実は社会が抑圧した恐怖、怒りを代弁しているに過ぎないという事実に気が付くのではないでしょうか。彼等は他人ではなく、私たち自身の影なのです。

そして肉体の病も社会の病も、最終的には私たちが真実の自己に目覚めたときだけ消えていくでしょう。自分自身が自分を照らして導く光になった時にだけ、私たちは隣人に対しても光となることができるでしょう。
レメディーは私たちを、私たちの中にあふれる光の本源へと連れ戻してくれます。自分自身で自分のために最善を尽くすこと。それだけが求められているのです。外面の状況とは関係なく、常に変わらずにある平和の源に、私たちはいつでも帰ることができます。
その喜びの回復を穏やかに助けてくれるものが、神の恵みによるバッチフラワーレメディなのです。

2003 8/9 第2回バッチフラワー・コンファレンスにて